月光 (電撃文庫 ま 12-1)

月光 (電撃文庫)

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「十分に満喫したかい?」
「それは早く帰れってことかしら?」
「君は賢いね」
「私、このお店が気に入ったわ」
「そう。それは良かった。ただ世の中にはさまざまなカフェが存在するからね。試しに他へも行ってみると良い」
「私、このお店が気に入ったわ」
微笑みを保ったまま月森は一言一句違わず繰り返した。
「君は時々賢くないね」
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「男ってのはどうしてああも美人に弱いかね」
未来さんがカウンター越しに僕を引き寄せると、耳元で囁く。
「そうですね。この店の男性は全員、未来さんにも“弱い”ですもんね」
僕は投げやりに答える。
「野々宮が世辞を言うなんてどうかしてる。だが、気分は悪くない。」
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「猿渡っ!」
「は、はい!」
「キリキリ働けっ!」
「は、働くっす!自分キリキリ働くっす!」
猿渡さんは悲鳴のような声を発して、先ほどよりさらに忙しそうに動き出す。
「と、まぁ、普通はあんな感じだろ?」
「貴女は鬼ですか」
「ばっか、あれで猿渡は私のことが好きなんだぞ?」
未来さんが僕の額をひとさし指の腹で押す。
「もっとも、私はああいうオドオドした奴とはどうにも性が合わないけどな」
「貴女は鬼ですね」
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「あそこが私の家よ。ここから数分歩くの」
月森が指差した先には高台があった。月森の家に辿り着く為には、坂なり階段なりを随分と登らなければならないだろうと容易に想像できた。げんなりした。
「そんなに嫌な顔しないでよ。私と付き合うことになったら何度も来ることになるのよ?」
「君と付き合う男に同情するね」
「心配いらないわ。すぐに慣れるから」
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「なんかぁ、葉子さんと野々宮……新婚さんみたい……」
(中略)
「新婚さんですって」
「悪い冗談だね」
(中略)
「貴方、お帰りなさい。お風呂にする?それとも、あ、た、し?」
そう言って月森はくすくすと笑うのである。
月森の本性を知らない周囲の連中には、笑う彼女が悪戯を成功させた少女のようにさぞや無邪気に映っているに違いない。
「……本当に、悪い冗談だね」
ただ僕には多くの意味で悪夢でしかなかった。一つは、月森葉子の話題にこの男が黙っているはずがないのだから。
「おいっ!野々宮っ!」
地獄の門番みたいな顔した鴨川が立っていた。
(中略)
「それじゃあ、詳しい話はあっちで訊かせて貰おうか」
無駄な時間の始まりである。
鴨川たちから、『月森と付き合ってるんじゃないだろうな』と問い詰められ『そんなわけないだろ』と否定するような類の無駄な時間である。
うんざりする僕の気も知らないで、月森は楽しげに手を振るのである。
「貴方行ってらっしゃい」
と。
だから、僕はこう答えるのだ。
「今夜は遅くなる」
ヤケだった。
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「実は今日は私の誕生日なのよ。零時を回ると同時に、野々宮くんいろいろおねだりしようと計画していたのに…」
「おめでとう」
面倒なことを彼女が言い出す前に僕は言葉を送る。
彼女は髪やらワンピースのしわやら諸々の身嗜みを整えると、
「ねぇ、野々宮くん、日付が変わって、今日は私の誕生日なんだけど?」
満面の笑みで僕へと振り返る。
「今『おめでとう』と言ったんだけど聴こえなかった?」
「聴こえていたから『ありがとう』と遅ればせながら言っとくね。だけどね、私としては言葉だけじゃなくて――」
「断る」
「まだ続きがあるのよ野々宮くん。人の話は最後まで聞きましょうね」
「覚えておくと良いよ月森。ロクな頼みじゃないと判っているのに最後まで聞くほど僕はお人好しじゃない」


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俺の大好物な言葉遊び小説に出会いました。
この小説のどこが面白いって、この会話の“駆け引き”の妙である。
これを読んで真っ先に思い浮かぶのは、西尾維新化物語における、戦場ヶ原ひたぎとの会話だろうけど、キャラはちょっと似てるけど作風は結構違う。
気分で済ますようなわざと優先順位を落としたミステリと、ひねくれた恋愛を混ぜ合わせた非常に生意気な小説。
ミステリにケンカ売ってるようなオチが、わざとやってるんだろうなって事で、二人の駆け引きのオチを際立たせてくる。
いやはや、すごい名作だった。


こんな会話できる女現実にいねーよという点を踏まえつつあえて言うけど、月森葉子は話し方、言葉の選び方、性格、行動力、思考、ほぼ全てにおいて俺の理想の女性そのもの。
「忘れないでね?私の命は野々宮くん救った命だってことを――」
「大丈夫、自信はあるの。野々宮くんに私を助けたことを絶対に後悔させないから」
なんて強気でしたたかに口説いてくるなんて最高だろ。
作中にも完璧な女性だという説明が何度も出てくるけれど、本当に完璧な女性を描写してる作者に感心した。


久々に会心の一作でした。


そいや、これは今年の最終選考で落とされた作品なんだけど、数年前に大賞を受賞し、俺が絶賛に絶賛を重ねた思い出の名作
ミミズクと夜の王
に3年ぶりの続編が出るんだと。
http://red.s137.xrea.com/dk/dk.html
これ、もしかしてまた大感動で大泣きさせられるのかな。
楽しみ。