送別会と春樹チルドレン

15時に集合だったのだけれど、いとこ宅より電話にて遅れる。
用件は「J研の○○さんの電話番号教えて欲しいのだけれど…」
待て
誰だそれは(笑)そして俺がなぜJ研関係者の電話番号を知っていることになるのか。
J研といえば、もともとJ-SKY研究所という名前で、結局その苗字の人は、総管理人の寛さんのことだったんだけれど。
でも知らないなぁ。俺自信はJ研とそれほど密接に関わって仕事していたわけではないし。
素直にいとこ宅にあるであろういとこの昔の携帯のメモリーを探したほうがよいのではないかと。
懐かしいなぁ。三菱の初16和音機J-D05(だっけ?)の登場にあわせて、いとこが着メロサイトSMAF社を立ち上げたあの頃。
まだインターネット常時接続がメインではなかったし、ウェブに接続できる携帯に移行している人すら少なかった。
初めての携帯ウェブの料金体系に戸惑いパケ死する人も多いなか、公式サイトに料金を払うという考え方はまだ少なく、一般サイトには人があふれていた。
さらにオンラインで他人とつながるという感覚が新鮮で、当時は掲示板等の意見交換がとても活発だった。
いとこのパソコンには1日に何百通も応援メールや感謝メール、着メロの作り方相談メールなんかが来ててすごいことになっていたっけ。着メロ作成ソフトsmdEDの開発がリアルタイムで進行してたし。今はもうそういう「新分野をみんなで協力して育て上げる」というあのワクワクした感覚はなくなってしまった感じがするけれど。
着メロ作りもすっかり高度化して、提供者と受け手がはっきり別れてしまったし。
40和音登場に合わせて再出発した真SMAF社で副管理人としてHTMLやCGIの管理なんかでいっしょに活動したけれど、やはり感想や応援はかなり減ったねぇ、サイト自体はあっさり30万ヒットを記録したのに。


そんなこんなで遅れて合流。
その後、牛角で焼肉。
そのままみんなでサッカー観戦。
ぶっちゃけ勝つとは思ってないかったけど勝ってよかった。


先輩に「海辺のカフカ」って面白い?と聞かれる。
さらに隣の先輩も話に乗ってくる。
2人ともちょうど上巻が読み終わったところらしい。
読み始めた理由は予想通り、文庫版が出たかららしい。流行ってるんかな?
というかやっぱり村上春樹の読者は多いんだなと思った。
俺は海辺のカフカは友達にハードカバー借りて読んだけど、あれは本当に良い本だと思う。
読んでない本が山積みでなかったら、俺も文庫でもう一度読みたいところだ。
ま、それは本棚からあふれて山になっている本が無理だと告げているけれど…。


余談になるが、俺はまだ村上春樹の本を海辺のカフカしか読んでいないダメ読者なのだけど、春樹チルドレンの本はたくさん読んでいたりする。多分こういう文章かなり好きなんだと思う。